徒然草 現代語訳 吉田兼好

徒然草を現代語訳したり考えたりしてみる

吉田兼好の徒然草を現代の言葉で書いたり、読んで思ったことを書いています。誤訳や解釈の間違いがありましたらぜひご指摘ください。(序段---冒頭文から順番に書いています。検索窓に、第〇〇段、またはキーワードを入力していただけばブログ内検索していただけると思います)

第二百十六段 最明寺入道(北条時頼)が、鶴岡八幡宮への参詣のついでに

最明寺入道(北条時頼)が、鶴岡八幡宮への参詣のついでに、足利左馬入道(足利義氏)のもとへ、先に使いをやって立ち寄られた時、主人の義氏が接待されたその様子っていうのが、最初の膳には「干し鮑(アワビ)」、二番目の膳には「えび」、三番目の膳には「そばがき」で終わりでした
その席には亭主夫婦と、隆弁僧正が主催者側の人としてお座りになってました
さて、「毎年いただいてる足利の染物が、待ち遠しゅうございます」と申されたので、「用意しております」と言って、色々の染物を三十着分、最明寺入道らの前で女房たちに小袖に仕立てさせて、後ほどお届けになりました

その時見た人で、最近まで存命でいらっしゃった人が、語られたことです


----------訳者の戯言---------

前段に続いて五代執権・北条時頼の話です。

原文の「かい餅(かいもちひ)」は、蕎麦がきorぼたもちの説あり。
どっちにしても、このコース料理はかなり質素です。

兼好、質素をよしとして書いてるのか、粗末すぎだろ!という意味で書いてるのか、よくわかりません。

執権というと、この時代は鎌倉幕府の実質的な権力者ですからね。意外です。

次に足利の反物をおねだりしてますね。
しかし、足利左馬入道もしっかり準備しています。
これ、献金の催促なのか、気を許し合ってる君臣の微笑ましいやりとりなのか、これもどっちにも取れますよ。

兼好のコメントも特になし。

ま、そういうことがあった、ってことですか。


【原文】

最明寺入道、鶴岡の社參の次に、足利左馬入道の許へ、まづ使を遣して、立ちいられたりけるに、あるじまうけられたりける様、一獻に打鮑、二獻にえび、三獻にかい餅にて止みぬ。その座には、亭主夫婦、隆辨僧正、あるじ方の人にて坐せられけり。さて、「年ごとに賜はる足利の染物、心もとなく候」と申されければ、「用意し候」とて、いろいろの染物三十、前にて女房どもに小袖に調ぜさせて、後につかはされけり。

その時見たる人の、ちかくまで侍りしが、語り侍りしなり。


検:第216段 第216段 最明寺入道、鶴岡の社参の次に