第百二段 又五郎という男を先生に
尹大納言の光忠入道が、追儺式の進行管理担当の役員をお務めになった時、洞院右大臣殿に式の順序について教えていただくようをお願いしたんだけど「又五郎という男を先生にするよりほかにいい考えはないですよ」と、おっしゃたのね
その又五郎っていうのは、年老いた警護係員なんだけど、宮中の儀式のことをすごくよく知っている者でした
近衛殿が所定の位置に着席なさる時、軾(ひざつき=膝の下に敷く敷物)を忘れて、進行係を呼んだ時に、(又五郎はそばで)火をたいてたんだけど「進行係よりも、まず軾をお敷きになるべきではないでしょうか」と、こっそりつぶやいたのは、すごく気が利いてましたね
----------訳者の戯言---------
そう、意外なところにインテリジェンスのある人や知恵者がいたりするんですよ。
【原文】
尹大納言光忠卿、追儺の上卿を務められけるに、洞院右大臣殿に次第を申し請けられければ、「又五郎男を師とするより外の才覺候はじ」とぞ宣ひける。かの又五郎は、老いたる衞士の、よく公事に馴れたる者にてぞありける。近衞殿 著陣したまひける時、膝突を忘れて、外記を召されければ、火たきて候ひけるが、「まづ膝突をめさるべくや候らん」と、忍びやかに呟きける、いとをかしかりけり。