徒然草 現代語訳 吉田兼好

徒然草を現代語訳したり考えたりしてみる

吉田兼好の徒然草を現代の言葉で書いたり、読んで思ったことを書いています。誤訳や解釈の間違いがありましたらぜひご指摘ください。(序段---冒頭文から順番に書いています。検索窓に、第〇〇段、またはキーワードを入力していただけばブログ内検索していただけると思います)

第七十一段 名前を聞いたらすぐにルックスが

名前を聞いたらすぐにルックスがイメージできるようにも思うんだけど、実際に会ったら、事前に思ってたまんまの顔をしてる人っていないよね

昔のお話を聞いて、今の家のこの辺の感じなんかなーと思ったり、人に関しても今いる人でいえばこんな人かなーと思いなぞらえるのは、誰でもがこんな感じで思ってるんでしょうかね
また、どんな時だったか、人の言う事も、目に見える物も、自分の心の内も、こんな事って前いつだったかあったよなあと思えて、いつとは思い出せないんだけど、確かにあった気がするのは、私だけこう思うのでしょうかね


----------訳者の戯言---------

デジャヴ。

ちなみにGACKTの本名は岡部(大城)学(さとる)。aikoの本名は柳井愛子。

たしかに昔のドラマとか映画とか見て「今で言うたら、〇〇みたいなもんや」とかって言うよね。


【原文】

名を聞くより、やがて面影はおしはからるゝ心地するを、見る時は、又かねて思ひつるまゝの顔したる人こそなけれ。昔物語を聞きても、この頃の人の家のそこ程にてぞありけむと覺え、人も、今見る人の中に思ひよそへらるゝは、誰もかく覺ゆるにや。

またいかなる折ぞ、たゞ今人のいふことも、目に見ゆるものも、わが心のうちも、かゝる事のいつぞやありしがと覺えて、いつとは思ひ出でねども、まさしくありし心地のするは、我ばかりかく思ふにや。

 

検:第71段 第71段 名を聞くより、やがて面影はおしはからるる心地するを 名を聞くよりやがて面影は