第七十段 琵琶の柱
元応年間、後醍醐天皇が御即位された時、清暑堂で催馬楽が開催されたんやけど、ちょうど琵琶の名器「玄上」が無くなってた頃だったので、菊亭大臣の藤原兼季様が同じく名器「牧馬」をお弾きになったんだけど、座に着いて、まず柱(じゅう)をお探りになったが、一つはずれてしまったの
ですが、懐に「そくひ」っていう糊をお持ちだったんで、それでくっつけたら、お供え物が届く頃には乾いて大丈夫でした
何か意図することがあったのか、頭から衣被(きぬかづき)を被った女が、近づいて琵琶の柱をはずして、元どおりに置いたそうなんだよ
----------訳者の戯言---------
嫌がらせですか? 何かの陰謀ですか?
とりあえず、現代でもアロンアルファとかは持っといたほうがいいのかもしれない。
しかし、名器っていうのは琵琶にもあるんですね。
ストラディヴァリウス・デュランティとかストラディヴァリウス・ドルフィンみたいなもんでしょうか。名前もちゃんと付いているんですね。
「柱」というのは、ギターで言えばフレットのことなんですね。ネックの指板を分割するようにはめこまれてる金属、琵琶なら木製?のパーツです。
【原文】
玄應の清暑堂の御遊に、玄上は失せにしころ、菊亭の大臣、牧馬を彈じ給ひけるに、座につきてまづ柱を探られたりければ、ひとつ落ちにけり。御懐に續飯をもち給ひたるにて付けられにければ、神供の參るほどに よく干て、事故なかりけり。
いかなる意趣かありけん、物見ける衣被の、寄りて放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。
検:第70段 第70段 元応の清暑堂の御遊びに 元応の清暑堂の御遊に